京・近江の写真 春夏秋冬

京、近江四季折々の自然の風景とそこに住む人々、祭り、伝統芸能の写真

2018-01-01から1年間の記事一覧

宝厳院の秋その2

回遊式の庭園を巡ると次々と秋の風景が目の前に広がる・・・

裏磐梯五色沼の秋その3

五色沼は様々に変化する神秘的な水の色が名前の由来であり、五色沼という沼はなく湖沼群全体を指す。

裏磐梯五色沼の秋その2

静まり返った五色沼、秋の風景・・・

宝厳院の秋その1

宝厳院(ほうごんいん)は臨済宗天龍寺派の寺院で天龍寺の塔頭。山号は大亀山。 庭園 は「獅子吼の庭」と呼 ばれる借景回遊式庭園。現在秋の特別拝観を開催中であり、土塀越しの紅葉の見事さに魅かれて入園。

裏磐梯五色沼の秋その1

前夜裏磐梯のホテルで一泊、翌朝裏磐梯の五色沼に向かった。会津若松市の東方、猪苗代湖の北にある磐梯 山の北側一帯を裏磐梯という。磐梯山は会津盆地側からは、綺麗な三角の頂が見えることから会津富士、ある いは民謡にあるように会津磐梯山とも呼ばれて…

嵯峨天龍寺の秋

燃えるような紅葉溢れる嵯峨天龍寺・・・

塔のへつりその3

洞窟から左方の岩山を登った奇岩の中にお堂があった。お堂の中に鎮座しているのは「虚空像菩薩」である。こ の菩薩は807年に坂上田村麻呂が創建したものという。ちなみに虚空像菩薩は知恵や福徳をもたらす菩薩であ り、そのご利益は成績向上や記憶力増進、商…

塔のへつりその2

下を流れる、阿賀川。今でこそ穏やかな流れのように見えるが、塔のへつりはこの川が100万年もの歳月をか け、浸食と風化を繰り返し、できあがったものである。その川に架けられた吊り橋(藤見橋)から対岸に渡る。 浸食されてできた洞窟にはいつの世から始ま…

湖西の夜明けその2

湖西ヨットハーバーからの夜明けの風景・・・

塔のへつりその1

大内宿を後にしてこの日最後の訪問地、「塔のへつり」に向かう。 「塔のへつり」は、福島県会津地方の南会津東部を流れる大川が形成する渓谷で、大川羽鳥県立自然公園の 一角を占める景勝地である。 「へつり」とは会津方言で、川に迫った険しい断崖のことを…

湖西の夜明けその1

湖西の静かな夜明け・・・

堅田浮見堂の秋

満月寺浮御堂は、大津市堅田、琵琶湖畔の臨済宗大徳寺派海門山満月寺にある、湖上に突き出た仏堂。近江 八景「堅田の落雁」で名高い。堅田の浮御堂の通称でも知られている。伝によれば、源信(恵心僧都)(942年 - 1017年)が比叡山横川から琵琶湖をながめる…

大内宿その6

大内宿のほぼ中央にひときわ大きな茅葺の建物がある。もと大内宿本陣跡にある「大内宿町並み保存館」であ る。大内宿の本陣は江戸時代初期に建てられた。戊辰戦争によって大内宿の本陣の記録、図面が紛失して発 見されなかったが昭和59年に糸沢宿、川島宿の…

漁港秋の風景

近江八幡にある小さな漁港の秋の風景・・・

大内宿その5

昭和60年代大内宿を訪れる観光客は年2万人程度であったが、バブル景気が始まると交通アクセスの整備によ り年間60万人に急増、JRを中心とした大型観光キャンペーンでPRされるようになると、平成19年には年間100万 人を突破し、県外からの観光客が90%を占める…

大内宿その4

いろいろな特産品や民芸品が店先に並ぶ・・・

近江八幡のコスモス

遠くに比良山、近くに八幡山を背景にコスモスが美しく咲き乱れる・・・

大内宿その3

景観保存の努力と苦労が胸を打つ大内宿の全景・・・

近江八幡の秋その2

日牟礼八幡宮の境内の静かなたたずまい・・・

大内宿その2

江戸時代にタイムスリップしたような大内宿のたたずまい・・・

近江八幡の秋その1

桜の葉が紅く染まり出した八幡堀初秋の風景・・・

大内宿その1

飯盛山を後にして次の予定地「大内宿」に向かう。 大内宿は、会津城下と下野の国(しもつけのくに)(栃木県日光市今市)を結ぶ全長130キロメートル(32里の区 間)の中で会津城下から3番目の宿駅として1640年ごろに整備された宿場町である。 会津西街道は関…

飯盛山その5

さざえ堂から下った場所にある戸ノ口堰水神社内を流れる用水路は戸ノ口用水と呼ばれ、戸ノ口堰洞穴と呼ば れる洞窟から豊富な水量が流れていた。 戸ノ口用水は、猪苗代湖の水を会津に引くため、江戸時代初期から江戸末期まで段階的に工事が行われた。 戸ノ口…

飯盛山その4

白虎隊隊士自刃の地でかつての会津の若い藩士たちに思いを馳せながらその地を後にし、墓地から石段を 下ってゆく途中、一風変わった建物が目に入る。重要文化財である「会津さざえ堂」である。 会津さざえ堂は寛政8年(1796)福島県会津若松市の飯盛山に建立さ…

飯盛山その3

墓地の右にある「白虎隊士自刃の地」の案内に沿ってしばらく歩いてゆくと急に視界が明るくなり、眼前には会津 の町並みが広がっていた。自刃の地に建つ白虎隊士の石像が手をかざす方向に鶴ヶ城の天守閣が見えてい た。 慶応4年(1868)8月23日(新暦10月8日)…

飯盛山その2

墓地の敷地内には戊辰戦争で自刃した白虎隊士の殉難忠節に対し、第九代藩主会津容保公弔歌の碑が建っ ている。「幾人の涙は石にそそぐとも その名は世々に朽ちじとぞ思う」 また自刃はしなかったが戦場で戦死した他の白虎隊隊士の碑も平成13年10月に建てられ…

飯盛山その1

ホテルで一泊後翌朝、近くにある店でレンタカーを借りて飯盛山に向かった。飯盛山は会津若松市内の中心部 から少し東側にあり標高314mの山である。麓の駐車場から石段に続く坂道があるが、横に併設された有料のエ スカレーターに乗り、最後の石段を登りきる…

七日町のたたずまいその2

七日町の静かなたたずまい・・・町中を散策しながら旅情に耽っていると雨が降り出し、早々にこの日の宿、 会津若松ワシントンホテルに向かったのであった。

阿弥陀寺と七日町のたたずまいその1

会津若松市内に七日町通りという通りがある。毎月7の日に市が立ったところから名付けられた町で、現存する 大正時代の建物を中心に、蔵づくりの店や歴史を感じさせる洋館のたたずまいが、大正浪漫を感じさせるレトロ な景観を形作っている。鶴ヶ城を後にして…

会津若松城(鶴ヶ城)その6

白壁と苔むす石垣が美しい・・・