京・近江の写真 春夏秋冬

京、近江四季折々の自然の風景とそこに住む人々、祭り、伝統芸能の写真

2015-01-01から1年間の記事一覧

湖南冬の風景その2

突如雲間からの秋の陽射しが菜の花畑を射し貫いた。あたりは急に明るくなり、菜の花は一斉に黄金色に輝き だした・・・

湖南冬の風景その1

湖南守山市の第二なぎさ公園はこの時期、菜の花が満開となり、琵琶湖と比良山を背景に美しい風景を見せて くれる。だが暖冬の今年は比良山に雪がない。雪のない比良山と菜の花畑の取り合わせはどうもしっくりとしな い。そういえばこのなぎさ公園に近い志那…

京都山科義士まつりその11

可愛い保育児たちの拍手に送られて行列は旧東海道を西に進み、JR山科駅前から続く大通りに出て通りを渡 り、大丸山科店の前を南に向かって、大石神社まではまだしばらく行列は続いていくのであるが、わたしは次第 に小さくなってゆく幟に別れを告げて、駅の…

京都山科義士まつりその10

JR東海道線のガード下をくぐって行列は続く。旧東海道に面した保育園て゜は大勢の保育児が通りに出て行列 を迎えると赤穂義士たちは勝どきを上げて応えていた。

京都山科義士まつりその9

義士たちは大勢の見物客の中を整然と行進。瑞光院での墓参に先行した大石内蔵助らは同院の前で行列を迎 えて先頭に立って行進。疎水に架けられた橋を越えると、人波はさらに膨れ上がり行列に付いてゆく人々も多く なる。

京都山科義士まつりその8

定刻になると行列はいよいよ出発。まず大石内蔵助と大石主税、そして浅野内匠頭の妻、瑤泉院が行列コース にある浅野家の菩提寺・瑞光院への墓参のため先行する。瑞光院の境内の奥には浅野内匠頭の墓と、46士の 遺髪塔、 内蔵助と義士達の墓碑が並んでいる。…

京都山科義士まつりその7

赤穂浪士の義士行列を待つ毘沙門堂晩秋の風景・・・

京都山科義士まつりその6

赤穂浪士全員の用意が整うと、行列のコース途中にある東部文化会館で行われる吉良邸討ち入りのシーンの 慣れぬ手つきでの立ち回りのリハーサルが繰り替えし行われた後、大石内蔵助、大石主税たちは行列に参加す る浅野内匠頭の妻、瑤泉院とともに記念撮影。

京都山科義士まつりその5

東映京都撮影所のスタッフによるプロの衣裳・メイクであり、完璧な姿の赤穂浪士が次々と出来上がる・・・

京都山科義士まつりその4

毘沙門堂の境内では義士まつり行列の準備が進められていた。神妙な面持ちで化粧をしてもらっている人や着 付を直してもらっている人、準備を終えて談笑する人等、喧噪と緊張の漂う中、皆準備に余念がない。時代劇の 扮装などした経験のない人々だが東映京都…

京都山科義士まつりその3

毘沙門堂の朱色が鮮やかな山科の晩秋・・・

京都山科義士まつりその2

毘沙門堂(びしゃもんどう)は天台宗の寺院。山号は護法山。護法山安国院出雲寺とも称す。本尊は毘沙門天。 天台宗京都五門跡の一であり、「毘沙門堂門跡」とも呼ばれる。寺伝によれば、毘沙門堂の前身の出雲寺は文 武天皇の勅願により、大宝3年(703年)行…

京都山科義士まつりその1

京都の東郊、東山の東側一帯は山科という地名であり、行政的には京都市山科区という。山科周辺は古くから 交通が盛んであり、東山を越える日ノ岡峠、大津宿へ抜ける逢坂関が東海道の要所として知られていた。山科 は東海道の街道町であり江戸時代には特に栄…

晩秋の京都東山界隈その8

子安の塔からの絶景を堪能して元来た道を戻り、清水寺に別れを告げて、八坂の塔にゆく晩秋を惜しみながら 家路に着く。

晩秋の京都東山界隈その7

清水寺という寺名は、音羽山中より途切れることなくこんこんと湧き、音羽の滝に流れる霊泉に由来している。 その音羽山の清水寺の南にある子安の塔も清水の塔に負けまいと秋陽を浴びて輝いていた。清水の舞台から 絶景を楽しむ人々の小さな影に舞台の大きさ…

晩秋の京都東山界隈その6

音羽の滝の前を過ぎてしばらくゆくと右手に「子安の塔」に通ずる坂道がある。子安の塔からの眺めは京都に中 での屈指の眺めではあるまいか。2009年から始まった修復工事も2012年の秋には工事が完了し、永らく見せて いなかった三重の塔も美しい朱色の雅な姿…

晩秋の京都東山界隈その5

音羽の滝から見上げた清水の舞台は特に美しい風景・・・

晩秋の京都東山界隈その4

清水寺に至り、仁王門の石段下を右に折れて音羽の滝、子安の塔に向かう。三重塔の朱色と紅葉の競演の美 しさに人々は感嘆していた。

萩 萩城城下町その3

かつて城下町の商いの中心地だった商家の立ち並ぶ町人地。往時の賑わいを彷彿とさせる町並みである。 これで「長州路をゆく」を終わります・・・

萩 萩城城下町その2

城下町を散策しているとなにやら右手方向の上空が明るい。その明るさに惹かれて歩いてゆくと、古い土塀の間 の視界が突然開き、眼前に穏やかな波が寄せる砂浜が広がっていた。菊ヶ浜である。左手には指月山がゆった りとその姿を見せていた。城下町の風情が…

晩秋の京都東山界隈その3

二年坂から清水寺の参道に至る三年坂あたりはこの時期観光客で人波が終日絶えることはない。春夏秋冬 ここらあたりの風景はいつまでも眺めていて飽きない風景である。午後のやや傾いた秋の陽に紅葉が紅く一段 と輝きだす。

晩秋の京都東山界隈その2

円山公園から東大谷祖廟を抜けて、ねねの道を清水寺方面に向かう。まぶしいほどの秋の陽射しに紅葉が鮮 やかに映えていた。

萩 萩城城下町その1

野山獄跡を後にして萩の城下町をゆく。町を西に向かってゆくと城の外堀があり、「北の総門」が見えてくる。こ の門をくぐると上級武士が住んでいた城下町となる。長屋門や物見矢倉等江戸中期の代表的な武家屋敷長屋 の様式を残しており、土塀や格子出窓等に…

晩秋の京都東山界隈その1

円山公園から清水寺まで、紅葉に彩られた東山界隈をゆく・・・

萩 明倫館跡・野山獄跡・岩倉獄跡

この「長州をゆく」もそろそろ終盤にかかっている。この日の午後新山口駅から新幹線に乗って帰らねばならな い。高杉晋作の誕生地から観光地図を追いながら、先ず明倫館跡に向かった。明倫館(めいりんかん)は、長州 藩の藩校。水戸藩の弘道館、岡山藩の閑…

浄土宗安楽寺その2

展示されている鶴田一郎の美人画は松虫鈴虫の二人の悲劇を彷彿とさせる。静かな京都東山鹿ケ谷の晩秋 である・・・

浄土宗安楽寺その1

哲学の道を銀閣寺に向かってしばらく歩くと安楽寺(あんらくじ)の案内板が見えてくる。法然院の南、東山三十六 峰の一つ第14峰の善気山(ぜんきざん)麓に、安楽寺はある。一帯は鹿ヶ谷(ししがたに)と呼ばれる。山号は住蓮 山(じゅうれんざん)という。別名「…

秋の熊野若王子神社・哲学の道

永観堂を過ぎてしばらく行くと琵琶湖疏水分線に突き当たる。疎水に沿って続く歩道に架かる橋を渡ったところに あるのが熊野若王子神社である。1160年(永暦1)後白河上皇が紀州熊野権現を勧請して創祀した永観堂の守 護神としての神社である。京都三熊野のひ…

萩 高杉晋作誕生地

木戸孝允誕生地の近くにある高杉晋作誕生地。 高杉晋作 幕末の長州藩の志士。長州藩士高杉小忠太の子。号は東行。吉田松陰の松下村塾で久坂玄瑞と共 に双璧と称され、のち江戸の昌平黌に学ぶ。藩命により奇兵隊を組織し総監となり、四国連合艦隊の下関砲撃 …

萩 桂小五郎(木戸孝允)誕生地

吉田松陰の墓所からまだ農村の雰囲気の残る坂道を下り、松本川に架かった松本大橋を渡って萩市内に入り、 呉服町2丁目にある木戸 孝允 (桂 小五郎)の誕生地を訪れた。 木戸 孝允 / 桂 小五郎(天保4年6月26日(1833年8月11日) - 明治10年(1877年)5月26…