京・近江の写真 春夏秋冬

京、近江四季折々の自然の風景とそこに住む人々、祭り、伝統芸能の写真

10長浜曳山まつり

子ども歌舞伎その4

写真3 天満宮菜種御供 時平の七笑 時平役 11歳 写真5 男の花道 漢方医道庵役 9歳 写真7 〃 加賀屋東蔵 9歳 写真8 〃 御幣使 5歳

子ども歌舞伎その3

かわいい男の子たちの熱演・・・ 因みに写真1 寿三番叟の演者 10歳 写真4 天満宮菜種御供 時平の七笑 左中弁希世役 9歳 写真5 〃 刈屋姫 7歳 写真6 〃 春藤玄蕃 12歳

子ども歌舞伎その2

気品のある艶と色気、そして女形としての役者魂を心に秘めて懸命に演じ、舞踊る。

子ども歌舞伎その1

萬歳楼(瀬田町)の出し物「男の花道」の主役、加賀屋歌右エ門を熱演する小学校五年生杉村祐門君。 女形の歌舞伎役者を演じているが、とても11才の男の子とは思えない台詞回し、演技、所作であり、観客を圧倒 的に魅了していた。 物語のあらすじ 浪速に咲いた…

まつりのこどもたち

まつりで見かけたこどもたちのスナップ写真。 まつりに参加するこどもたち、まつりを見に来たこどもたち、露店で買い食いを楽しむこどもたち・・・・ まつりにこどもたちの笑顔と歓声は欠かせない。

曳山の曳き手その4

ようやく通りに出た瀬田町組の萬歳楼はしばらく長浜八幡宮の参道に沿った通りを進み、いったん舞台上の子 供役者たちを降ろしたのち、旧国道8号線を横断し、2回目の歌舞伎上演の場所まで古い町並みの中を進んでゆ く。大勢の見物客は曳山について移動するが…

曳山の曳き手その3

曳山は境内を出て直角に右折する。狭い道だから曳山を小刻みに右に振って出てゆくのだが車のように切り替 えができないからなかなか大変だ。そばの店舗をかすめるようにしてようやく曳山は通りに出る。常磐町の次が 萬歳楼(瀬田町組)だ。

曳山の曳き手その2

常盤町の曳山、常盤山の曳き回し。舞台には「天満宮菜種御供 時平の七笑」を演ずる子供歌舞伎のチビッコ 役者たちが神妙な面持ちで座っている。京都の祇園祭では車輪の下に青竹を敷いて水を掛けながら車輪を横 滑りさせるが、長浜の曳き山にはそんな技術は…

曳山の曳き手たちその1

インターネットサイトから転用 曳山は、長さが大きいもので9m、高さが7m、重さが約5~6トンあり、これを十数人の曳き手が引っ張る。曳き手 はそろいの半纏を羽織っているが町によっていろいろな趣向をこらした半纏であり、これだけでも町内同士の対 抗心…

曳山の美その2

江戸時代の中期以降、浜壇と呼ばれる長浜独自の仏壇の様式を確立した元禄時代の名工・藤岡和泉とその一 門の匠の技、国友の鉄砲鍛冶の手による美しい飾り金具の技術が惜しみなく注ぎ込まれ、今に受け継がれる絢 爛豪華な曳山ができあがった。 曳山の二階部…

曳山の美その1

まつりはその土地の民衆の財力やエネルギーに比例するものらしい。たとえば京都の祇園祭は千年続く都に住 む大衆の誇りというエネルギーが今日まで祇園祭を伝承してきたし、大津まつりはかつて琵琶湖の水運を一手 に引き受けてきた大津商人の財力が基となっ…

まつりの風景その2

曳山(山車)は現在各町に合計13基あるが、この内4基が毎年交代でまつりに参加する。だから各町は4年毎に 当番が回ってくることとなる。今年の曳山は常盤山(呉服町組)、萬歳楼(瀬田組町)、孔雀山(神戸町組)、翁山 (伊部町組)の4基である。4年毎であ…

まつりの風景その1

滋賀県長浜市の長浜八幡宮を中心に行われる日本三大山車祭りのひとつの長浜曳山まつり。 長浜曳山まつりは、豊臣秀吉公が長浜を治めたときから始まったという。長浜八幡宮は、社伝によると1069年( 延久元年)、源義家の要請により、後三条天皇が命じて石清水…