2011-02-01から1ヶ月間の記事一覧
沖合に見える島が琵琶湖で一番大きい沖島。鏡面のように静かな湖面が冬枯れの木立の影を映していた。
日野川によって琵琶湖に流れ出た砂が堆積して出来た砂州が不思議な風景を見せていた。冬枯れといっても 春はもう近い。
老若のカップルや犬を連れた人々の姿、陽だまりの黄金色に輝く菜の花が春の訪れを喜んでいた。
お馴染みの守山第一なぎさ公園の春を告げる菜の花の風景。やはりここの菜の花は雪を被った比良山をバック にした風景が一番素晴らしい。
露店の風景。節分には800軒の露店が店を並べるという。
たそがれの鴨川からまた市バスに乗り、今出川通りを東へ、東山通りの停留所下車。百万遍である。吉田神社 は京大正門前の道路、一条通りの突き当たりにある。神社の鳥居に着く頃には日は西に沈み、参道の両側に並 ぶぼんぼりが参詣する人々の影にやわらかい…
廬山寺で鬼おどりを見た後、前の寺町通りを北上すると今出川通りに出る。そこから市バスに乗って出町柳で下 車。出町柳は八瀬大原の北方途中峠あたりを源流とする高野川と雲ヶ畑あたりを源流とする賀茂川が合流する 場所でここからは鴨川となって京都市内を…
追儺式鬼法楽(ついなしきおにほうらく) 節分の日、千年の歴史をもつ市内節分会の代表的行事。人間の3毒を表す赤・青・黒の3鬼が踊り回った後、護 摩の秘法と法弓蓬莱師福娘による福餅・蓬莱豆によって逃げ出す。 鉦と太鼓による単調な音曲に合わせて三匹の…
下御霊神社を出て寺町通りを北に向かい、丸太町道りを越えると左側は京都御苑の壁が続く。松林の中をしば らく歩くと突然林が切れて明るくなる。萩で有名な梨木神社である。だが今日の目的はこの神社ではない。なお 歩を進めると右手に廬山寺(ろざんじ)の…
堀川通り寺之内から市バスに乗って南下、堀川通り丸太町で丸太町通り東行きのバスに乗り換え、丸太町通り 寺町で下車。寺町通りを少し南下したしたところにある下御霊神社を訪れる。 下御霊神社 桓武天皇時代、各地で疫病が流行した。これは御霊の祟りであ…
釘抜地蔵から千本通りを北に行った最初の交差点を東に折れる。寺之内通りだ。町家が両側に続く寺之内通り をどんどん東に向かって歩いてゆくと堀川通りに出る。堀川通りを横断、人形で有名な宝鏡寺(この日は門が閉 まっていた)を過ぎた次の道路が堀川通り…
千本五辻通りあたりは西陣地区であり、かつては細い路地の突き当たりの町家から帯を織る機織(はたおり)の 音が聞こえてくるような場所であった。「近為」とか「こじま」いう老舗の漬物屋があったり、昔風の店構えの銘木 屋があったり、店軒にガス灯を掲げ…
西陣地区だからお年寄りの参拝が多いようだ。本堂の前の大きな釘抜きにただひたすら祈り続けるお年寄りが いた。自分のために祈っているのであろうか。それとも肉親の誰かの痛みを取り除き。病気快復のために祈って いるのだろうか。
千本釈迦堂の表門から参道を行き、五辻通りを東に向かうと千本通りに出る。千本通りを北にしばらく歩くと賑や かな人々の人波が通りの右手に見えてきた。釘抜地蔵である。 釘抜地蔵 正式名石像寺(しゃくぞうじ)は京都市上京区にある浄土宗の寺院。 寺伝で…
上七軒の通りを東にしばらくゆくと、今出川通りと北に伸びている七本松通との交差点に出る。その七本松通り を左折してしばらく歩くと千本釈迦堂の甍が右手に見えてくる。正式名称を大報恩寺という千本釈迦堂は、おか め物語や12月の大根炊きで有名である…
節分の日は毎年まず壬生寺に行って、最後は吉田神社にお参りすることを常としているが、今年の節分はまず 北野天満宮に行って、それから千本釈迦堂にお参りして、釘抜地蔵に廻り、下御霊神社に行って、廬山寺をお 参りしてから、最後に吉田神社に行くことに…
境内の神楽殿で行われる節分恒例の茂山千五郎社中による追儺狂言(ついなきょうげん) 追儺(ついな)の行事は「鬼やらい」「なやらい」「鬼走り」「厄払い」「厄おとし」「 厄神送り」等と俗に称せられ、疫 病などをもたらす悪い鬼を駆逐する行事をいう。
節分の日、京都の北野天満宮の梅はほころび始め、春への序曲を奏で始めていた。
平成23年1月31日、京都先斗町の夜・・・
浜大津におの浜からの遠景。湖岸で楽しげに語り合うカップルの服の色が、色彩の少ない冬の景色の中で鮮や かな色を放っていた。
静かな冬日の朝、漁船の船尾で水鳥たちが心地よく眠りについていた・・・
膳所公園の隣、近江大橋の袂にある膳所港。どちらかといえば釣り船の港だが漁港でもある。
膳所城の遺構が湖岸に見え隠れする膳所公園(最後の写真)。かつて琵琶湖の水位が大幅に低下したとき、遺 構が湖面上にいっそう露わになって話題になったことがある。なお前頁で触れた日本三大湖城とは、琵琶湖のこ の膳所城、長野県諏訪市の高島城、島根県…
膳所城址にある膳所公園は琵琶湖から唯一流れ出る川ね瀬田川の河口付近にある。瀬田川の西岸にあり、こ こから眺める瀬田川、琵琶湖の眺めはまた違った趣がある。 膳所城は大津市街の東部に位置し、膳所崎と呼ばれる琵琶湖に突き出た土地に築かれた水城であ…
湖北マキノピックランド(マキノ農業公園)の中をマキノスキー場へと続くメタセコイヤの並木道の風景。辺り一帯 のマキノの集落も深い雪に埋れていた・・・
海津は西近江路と湖上交通の要衝として栄えた宿場町であり港町である。湖岸には、風や波から家を守るため に延々と続く石積みが残されており、独特の風景を形成している。静かな海津の町並みと湖岸風景である。
静かに時間が流れてゆく湖北の小さな漁港。ゆつたりと岸に寄せる波はどこまでも澄み渡っていた。海津大崎 の桜並木は対岸の雪景色の中で春を待ち続けている。
むかし、といってもたかだか数十年前のことであるが湖北とか、余呉とか、山陰とか、裏日本とか、敦賀とか、福 井とか、小浜とか、若狭とか、舞鶴とか等々の地名に暗い、寂しい、冷たいなどといった印象を感じた人はわたし だけではあるまい。特に雪の積もる…
琵琶湖湖北今津浜あたりの雪景色。なにもかもが雪に吸い取られたような静寂なひととき。湖面の沖合いには 桜で有名な海津大崎がうっすらと山並みを見せていた。
コハクチョウや水鳥たちの世界、湖南の雪景色・・・