本堂から階上に上り、本尊の延命地蔵菩薩に手を合わせたのち、本堂右手にある渡り廊下を渡る。左手に大き
ななりひら桜の苔むした樹木が目に飛び込んできた。なりひら桜が植わっている庭は「三方普感(さんぽうふか
ん)の庭」といい、寛延3年(1750)右大臣藤原常雅公が本堂を再興した時に造られた。庭園は苔と自然石を使っ
て海底を表したもので、仏の遍万している大宇宙を感ずるという意味の「三方普感の庭」とよばれる。奥を少しず
つ高くした遠近法を取り入れており、見る人、見る位置によっていろいろに感じが変わるとされ、見る者の心の様
を映し出す「心の庭」といわれている。三方の、高廊下と茶室、業平御殿から見ると、天上界と、人間世界と、極
楽浄土の世界を感じ、中央にある大きな3つの石は、過去、現在、未来を表して、この小さな庭の中に、大宇宙を
表現しているという。この庭が造られた江戸時代には、藤原の公家達は財力に乏しく、豪華な庭は造れなかった
ので、このような小じんまりとした空間に広大なものを眺めようとして、この三方を考案し、永遠につきることのな
い奥深い庭園を造ったという。かつて、公家たちがそうして眺めたように、寝そべって「手枕」をして見ると、俗世
間から離れたような気分になってくる。
庭から覗く狭い空はなりひら桜の花に覆われていて、その花々を通して射しこむ柔らかな日の光が苔と自然石
に淡い陰影を刻み、「三方普感の庭」には静かな時間が流れていた。