京・近江の写真 春夏秋冬

京、近江四季折々の自然の風景とそこに住む人々、祭り、伝統芸能の写真

廃少菩提寺石多宝塔・石仏(湖南市)

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滋賀県石部町の中ほどから北へ、横田川を渡ってつきあたると、甲西町菩提寺という集落となり、この集落内
 
にある。この地一帯は、もと奈良興福寺の別院で、円満寺菩提寺と呼ばれ、数多くの大伽藍が雄大な姿で聳
 
え立っていた。奈良時代紫香楽宮を発願、建立された聖武天皇が、国の繁栄と安泰を願い、天平3年(731)良弁
 
が開基した古刹である。興福寺官務牒疏によれば「金蕭菩薩の霊地で、金勝寺(栗東市)を大菩提寺と呼ぶに
 
対してここを少菩提寺と証した。住侶学房三十六宇、交衆十六家、属侍十九家、承仕二十五人、仕丁十八人ま
 
た別所五カ所をあげる。本尊は毘盧遮那如来で大般若修練道場とした。」と伝え、偉容を誇っていた。建武2年
 
(1335)足利尊氏は寺領を安堵している。元亀元年(1570)6月、織田信長の兵火に遭い焼亡。廃寺となり現存し
 
ない。その遺物の石塔や石仏が残る竹やぶや雑木林には心惹かれるものがある。
 
石造多宝塔ー国重要文化財:建造物:指定日1961年3月23日、花崗岩製:高さ:4.4mこの多宝塔は今私有地と
 
なっている竹藪の中にあるが、かつてこの地にあった菩提寺の遺構の一つである。台石の西南面には、全文は
 
判読しがたいが造立の由緒を刻み、軸石の西北面には仁治2年(1241)の年記と願主、施主の名を刻んでいる。
 
初重笠石は軒と隅でわずかに反らせ、笠石の上に亀腹型と二重軸部を円形に作り出した石をのせ、さらに斗繰
 
をつけた方形の石をのせて、二重笠石を受けている。仁字2年(1241)本願主僧良全、施主日置氏娘と刻まれた
 
在銘の鎌倉塔である。石造宝塔としてはやや異形に属するが、その規模も大きく、かつ造立年代の確実なもの
 
として貴重である。この塔は石部の長寿寺にあるものと同じで、珍しい形をしている。堂々とした力強い塔であ
 
る。
 
石仏ーそばに地蔵尊三体が並ぶ。笠石を乗せる中尊が1.5m、鎌倉時代初期の厚肉彫りである。
 
左右に二体は南北朝時代の作。