京・近江の写真 春夏秋冬

京、近江四季折々の自然の風景とそこに住む人々、祭り、伝統芸能の写真

白髭神社 晩夏の風景その2

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白髭神社の境内には著名な歌人の歌碑が多数ある。写真の歌碑は源氏物語の作者でもある紫式部のもので、「三尾の海に 網引く民のひまもなく 立居につけて 都恋しも」という歌が記されている。越前国主となった紫式部の父、藤原為時に従って越前に向かう途中、大津から船路で湖西を通り三尾崎(白鬚神社のある岬)の浜辺で漁をする人の網引く見馴れない光景に都の生活を恋しく思い詠んだものとされている。また、与謝野鉄幹・晶子夫妻が大正元年にこの白髭神社を参拝した時に読んだ「しらひげの  神の御前にわくいずみ これをむすべば 人の清まる」の歌碑もある。この歌は社前に湧き出る水の清らかさを詠んだもので、上の句は鉄幹、下の句は晶子が詠んだ合作という。 さらには俳聖・松尾芭蕉の「四方より 花吹入れて 鳰の湖」の歌碑もある。”奥の細道”のイメージが強い松尾芭蕉であるが、実は近江で詠まれた歌が一番多い。芭蕉の生涯の作品数は980句と言われているが、そのうち奥の細道での52句に対して、近江で読まれた句は89句とされている。晩年の2年程は現在の大津で過ごしたとされていて、それほど近江・琵琶湖の美しい風景が芭蕉の心を捉えていたようである。