京・近江の写真 春夏秋冬

京、近江四季折々の自然の風景とそこに住む人々、祭り、伝統芸能の写真

室蘭港その1

登別から室蘭に向かった。この日の夜、室蘭港のナイトクルージングを楽しむためである。5時前に室蘭港に着いた。ナイトクルージングの出航時間までまだ時間があり、室蘭港が一望できる高台の宮越屋珈琲NUTEKIROU 霧笛楼というカフェでお茶することにした。霧笛楼は旧『絵鞆茶寮霧笛桜』という、夜景が眺望できるというのが売りのレストランであったが今年7月に宮越屋珈琲のチェーン店となって再デビューしたという。
西に傾いた夕陽に室蘭港が赤く染め始めた時間帯であり、その眺望と美しさに思わず息を呑んだ。眺望の中央に見えるのが白鳥大橋、ループ部分の曲線の美しさに瞠目する。対岸には室蘭工場夜景の主役であるJX日鉱日石エネルギー室蘭製造所がその威容を誇っていた。この夜その夜景を海の上から見ることになる。
室蘭港は内浦湾(噴火湾)東端に位置しており、三方を丘陵地に囲まれた天然の良港である。港湾全体の面積は1,400haで国内5位、岸壁数は北海道内最多となる109バースを有し、港湾取扱貨物量は道内3位(平成24年)。1872年(明治5年)の開港以来、石炭積出・製鉄・石油精製等を中心とした臨海工業港及び後背地の流通拠点港として北海道工業地域の発展を支えている。

 

クッタラ湖(俱多楽湖)

      

クマ牧場にある展望台から眺める風景は雄大というほかない。遠くに登別の町が見え、クッタラ湖(俱多楽湖)が手を伸ばせば届きそうな近くで美しく豊かな湖水をたたえている。クッタラ湖は周囲を原生林に囲まれた円形状のカルデラ湖である。 鮮やかなコバルトブルーに輝く静かな湖面は、まるで鏡のように周囲の景観を映し出し神秘的な空間を作り上げている。 2001年の環境省調査により、全国の湖沼でその水質と透明度は日本有数のトップクラスで摩周湖に次ぐと言われ、支笏洞爺国立公園特別区域に指定されているという。

登別クマ牧場

      

      

      

登別温泉街からロープウェイで約7分、標高550mのクマ山(四方嶺)の山頂にある登別クマ牧場。施設は第1牧場・第2牧場の2つの放飼場(展示場)や世界唯一のヒグマ博物館がある。餌をねだるヒグマの仕草が可愛い。

司馬遼太郎第26回菜の花忌その2

記念館の入り口から庭の小径を進むと、数々の作品が誕生した書斎の様子が庭越しに見られるようになっている。書斎は生前の状態で保存されている。さらに歩を進めると記念館のエントランスに達する。記念館は建築家安藤忠氏の設計による。菜の花が飾られた、春を思わせる明るい陽だまりの廊下を進むと入口に到着する。残念ながら建物の内部は撮影禁止となっていてご紹介できないが、展示室は高さ11メートルの吹き抜け空間に、大書架が広がる。自宅にある約6万冊の蔵書世界をイメージしてもらうため、約2万冊の蔵書をイメージ展示している。
記念館を見学してから建物の周りを一回りしていったん近鉄の八重の里駅まで戻り、駅の反対側にある東大阪市文化創造館に向かったのである。菜の花忌は大阪と東京で毎年交互に開催され、大阪は最初は梅田のサンケイホ-ルで行われていたがその後NHK大阪ホ-ルに変わり、コロナによる数年の開催停止を経て、今年はこの東大阪市立文化創造館で開催されたのだ。2019年9月にオ-プンした同館は記念館にも近く、今後大阪での開催は同館になるのではあるまいか。

登別温泉大湯沼

      

地獄谷から車で10分ばかり日和山を登っていったところにある大湯沼。周囲1km、深さ22mの湯沼で、日和山の噴火によって生じた。湯の表面温度は約40~50であるが、深いところでは約130℃と非常に高温になっているという。

司馬遼太郎第26回菜の花忌その1

     

     建物内撮影禁止につきパンフレットの写真を転載

一昨日の12日に東大阪市文化創造館で生誕100年の故司馬遼太郎氏の「菜の花忌」が開催され参加した。「菜の花忌」は毎年司馬遼太郎氏が亡くなった2月に大阪と東京で交互に行われているがその「菜の花忌」も今回で26回となる。菜の花忌の今回のプログラムは一部が司馬遼太郎記念財団の理事長である上村洋行氏(司馬遼太郎氏の義弟)の挨拶に続き、第26回司馬遼太郎賞受賞式(受賞者作家平山周吉氏)、受賞者スピーチ等が行われ、第二部はシンポジウムが行われた(テーマ「生誕100年司馬作品を未来へ」、パネリストは作家の安部龍太郎氏、国際日本文化センター准教授の磯田道史氏、作家の門井慶喜氏、木内昇氏の四人であった。八戸ノ里にある東大阪市文化創造館に行く前に、これも「菜の花忌」と同様随分ひさしぶりに大阪の近鉄八戸ノ里駅から徒歩8分にある「司馬遼太郎記念館」を訪ねた。八重ノ里の駅から記念館までプランターの満開の菜の花が案内してくれる。江戸時代の廻船商人である高田屋嘉兵衛を主人公とした歴史小説菜の花の沖」があるが作者の回忌の名「菜の花忌」は、この小説に由来する。1996年2月に逝去された司馬遼太郎氏とは直接の面識はないが、2014年11月に亡くなられた奥様の福田みどりさんとは小生が現役のころ仕事上の関係から1987年から5年間今は記念館となっている自宅を訪問する機会があり、みどり夫人と親しく接していただき、従来から司馬文学の愛読者であった私にとってそのことが契機となってより身近な存在となり、転勤になった時には司馬遼太郎氏に私の愛読書「坂の上の雲」に揮毫を書いていただくことができ、一生の宝物となったのである。

登別温泉地獄谷

登別温泉登別市にある温泉。江戸時代から温泉の存在が知られており、明治時代に温泉宿が設けられてからは保養地・観光地となった。「にっぽんの温泉100選・総合ランキング」では毎年上位にランクインしている日本有数の温泉地となっている。地名の語源はアイヌ語の「ヌプル・ペツ」(水色の濃い川)に由来している。自然湧出量は1日1万トンで、9種類の泉質を有する。地獄谷は登別温泉最大の源泉エリアで、直径約450mのエリアに15ほどの源泉の穴が密集している。毎分3,000リットル湧き出しており「温泉のデパート」と呼ばれる。日和山の噴火活動によりできた爆裂火口跡。直径は約450m、面積は約11ha。谷に沿って数多くの湧出口や噴気孔があり、泡を立てて煮えたぎる風景が「鬼の棲む地獄」の由来となったという。