2019-05-20 令和の葵祭その3 令和の葵祭 #写真 烏帽子に飾られた葵の葉の緑が美しい・・・ 葵祭は石清水祭、春日祭と共に三勅祭の一つであり、庶民の祭りである祇園祭に対して、賀茂氏と朝廷の行事 として行っていたのを貴族たちが見物に訪れる、貴族の祭となった。平安時代以来、国家的な行事として行われ てきた歴史があり、日本の祭のなかでも、数少ない王朝風俗の伝統が残されている。 葵祭は賀茂御祖神社(下 鴨神社)と賀茂別雷神社(上賀茂神社)の例祭で、古くは賀茂祭、または北の祭りとも称し、平安中期の貴族の 間では、単に「祭り」と言えば葵祭のことをさしていた。賀茂祭が葵祭と呼ばれるようになったのは、江戸時代の1 694年(元禄7)に祭が再興されてのち、当日の内裏宸殿の御簾をはじめ、牛車(御所車)、勅使、供奉者の衣冠、 牛馬にいたるまで、すべて葵の葉で飾るようになって、この名があるとされる。