2015-07-08 蒲生氏郷像と紫陽花(滋賀県蒲生郡日野町) 春 #写真 近江国蒲生郡日野に六角承禎の重臣・蒲生賢秀の三男として生まれた蒲生氏郷。幼名鶴千代。永禄11年(156 8年)、観音寺城の戦いで六角氏が滅亡すると賢秀は鶴千代を人質に差し出して織田信長に臣従。鶴千代と 会った信長は、「蒲生が子息目付常ならず、只者にては有るべからず。我婿にせん(蒲生の息子の瞳は他の者 と違う。普通の者ではあるまい。私の婿にしよう)」と言い、娘の冬姫を娶らせる約束をしたという。 信長、秀吉に仕え、戦国武将として数々の武功を上げる一方、文人としても造詣が深く、茶道において利休七哲 の一人といわれた。40才にして病にて亡くなったが、長命していたら戦国の歴史は変わっていたかもしれない。 そんな蒲生氏郷が銀鯰尾(ぎんなまずお)兜をかぶって日野の町を見下ろしていた。