鞍馬の集落の夜の訪れは早い。少し前周囲の山の端はまだ茜色の空に縁取られていると思っていたのに、
いつの間にか辺りを漆黒の闇が迫ってきていた。と思ううち鞍馬街道に面した家々の門先に置かれている
松明に火が点じられてゆく。赤々と燃える松明の炎が最初は方々に転じられた点なのに、息を呑むうち
それは連綿と続く線となって、鞍馬街道を両側から明るく照らし出した。だが松明の火は街道を照らし出
すほどの力しかなく、街道から少し離れた場所はやはり漆黒の闇が広がっていた。
その光景は鞍馬の火祭りの開幕を告げるにはふさわしいといえばふさわしいと思えるし、唐突な告げ方と
いえば、そうとも感じられる。千年以上続く京の都の人里から隔離されたような鞍馬の火祭りという奇祭
の幕開きであった。千年以上続いた祭りであるだけに、松明の火の番をする年寄りの、暗くてよくわから
ないけれどその表情にもなんとなく気品と風格と、そして由緒らしさが浮かび上がっているようにも見え
る。
鞍馬街道は長くて大蛇のように鞍馬の山を縫うようにして横たわっている。駅前は雑踏のざわめきが広が
っていたが、街道をたどって10分も歩くと、人々の影もまばらとなり静寂があたりを包む。でもこれは一
時のことであり、しばらくすればそのあたりも人々が繰り出すに違いない。