大文字に火が点けられて7分後の8時12分に右上にボーッと霞んだように浮かび上がったものが月であることが
分かったのが更に数十秒後のことだった。わたしも大文字は幼い頃から見てきたが、こんな近くに月の出を見た
のは初めてであった。大文字を見た場所は京都御苑の中であったが、周囲のどよめきが大きく広がり、わたしの
すぐ隣のお年寄りもこんな大文字は初めて見た、ありがたいことだとしきりに手を合わせていた。最後の写真の
ように5分後には上から雲に隠れて欠けていき、わずかな時間の間に繰り広げられた真夏の夜の事象であった。
翌日の朝刊にはきっと大きく報道されるだろうと思っていたら大文字の写真のみでやや拍子抜けであった。もち
ろん見る場所によってはこのようには見えず、京都御苑で見た者だけの夏の夜のプレゼントだったのかもしれな
壊した海岸沿いの松並木の)松で作られた薪を火床の薪にしようという話が進んでいたのが京都市民の一部か
ら反対意見が出されて、紆余曲折の挙句、結局は使用されなかったということがあり、京都市民として亡くなられ
た被災者の方々の霊を弔うという敬虔な気持ちが踏みにじられたことに仏様がお怒りになり、美しい月をお使わ
しになったのではと感じられるような事象であった。
後日インターネットで調べてみたら50年ごとにこのような位置での月の出があると書いてあったが真偽のほどは
分からない。いずれにしても大文字の夜の素晴らしい天体ショーであった。
これらの写真に題名をつけるとすれば「あの世へのみちしるべ」か「大文字の火に照らされて」とかがいいと考え
ている。