京・近江の写真 春夏秋冬

京、近江四季折々の自然の風景とそこに住む人々、祭り、伝統芸能の写真

古都の秋本番その4

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平安神宮を後にして、京生まれ、京育ちのわたしでも歩いたことのない道を哲学の道に向かって歩いてゆくと

左手の通りの向かうに神社ののぼりが見えた。岡崎神社である。岡崎神社は、京都市左京区岡崎にある神社で

ある。別名「東天王」とも言われる。桓武天皇延暦13年(794)長岡京よりの平安京遷都に際し王城鎮護の為平

安京の四方に建立された社の一つで、陽のいずる都の東(卯の方位)に鎮座する事から東天王と称した。清和

天皇貞観11年(869)勅命により社殿を造営し、播磨国広峰(現在の兵庫県姫路市北方)より祇園牛頭天王(速

素盞鳴尊)等を迎え祀り悪疫の治まりを祈願した(諸社根元記)。平家物語では東天王を官幣四十一所の一つ

に加えている。 治承2年(1178)には、高倉天皇中宮御産の幣帛を賜った。皇室の御崇敬は厚く、各時代にお

いて官幣を賜り、特に後醍醐天皇は元応元年(1319)に当社を御再建、正一位の御神階と御神宝を賜る。室町

時代享徳元年(1452)には征夷大将軍足利義政により修造、幕府とも関係が深い。 速素盞嗚尊(すさのをのみ

こと)と奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと)のご祭神二柱が三女五男八柱神(やはしらのみこがみ)ものたくさ

んの御子神をもうけ子宝に恵まれた霊験あらたかな子授け安産の神である。また、往時境内を始め地域一帯が

野うさぎの生息地で、多産なうさぎは古くから氏神様の神使いと伝えられる。治承二年には中宮も御産の際に安

産の祈願をされた。安産の神としての信仰は厚く、腹帯を持ち込み祈願する慣わしがある。

この日はたまたま神社の氏子大祭(稚児行列、子供神輿、湯神楽)の日であり、境内では湯神楽の神事が行わ

れていた。湯神楽は湯立神楽(ゆだてかぐら/ゆたてかぐら)ともいい、日本の伝統的な神楽の形式のひとつで

で湯を煮えたぎらせ、その湯を用いて神事を執り行い、無病息災や五穀豊穣などを願ったり、その年の吉兆を

占う神事の総称である。大きな三つの釜では熱湯が沸いていて、その前で巫女が神事を進めていた。