神幸祭は出御祭とも呼ばれ、4月25日に松尾七社(大宮社、月読社、櫟谷社、宗像社、三宮社、衣手社、四之
社)の御輿(月読社は唐櫃)が、ご本殿のご分霊を受けて、拝殿を三回まわった(拝殿廻し)後、順次社頭を出発
を献じた後、四基の御輿と唐櫃とは西七条御旅所に、二基の御輿は川勝寺と郡の末社に至り、5月16日の還幸
祭までそこに祭られる。
桂川の土手に着いた御輿は再び若衆の肩に担がれ、坂道を下って河原まで進み、そのまま水の中へ入ってゆ
く。そして御輿が高く担ぎ上げられると舟が御輿の下にもぐり込むようにして入り、御輿は舟に乗せられる。御輿
が若衆の肩から舟に移されると若衆はようやく安堵の表情を浮かべ、拍手をしながら水際に上がってくる。そして
若衆は別に用意された舟に乗り込み、御輿とともに桂川を渡るのである。