御池通りを渡って
木屋町通りを少し北に行ったところにある
高瀬川一之船入(船を接岸させるための入り江)、
高瀬川は,江戸初期の豪商
角倉了以(1554~1614)素庵(1571~1632)父子によって開鑿され,京都の経済に重
要な役割を果たした。
高瀬川の船入は二条~四条間に9カ所作られ,荷物の積み下ろしと船の方向転換の場所
であった。
森鴎外の名作「
高瀬舟」はこの
高瀬舟に乗せられて淀川を経て島送りされる罪人とその警護につく京
高瀬川に架かる桜とその北にある
島津製作所創業記念資料館の入り口を飾る枝垂れ桜の風景・・・