2014-03-16 京都北野天満宮梅花祭その7 春 #写真 北野天満宮梅花祭の日の上七軒の風景。北野天満宮の東側にある上七軒は室町時代に北野天満宮の再建 の際に残った機材を使って7軒の茶店を建てた。これが「上七軒」の由来で、桃山時代に豊臣秀吉が北野で大茶 会を開いた折に茶店側は団子を献上したところ大いに誉められて以来、また西陣の結びつきで花街としての繁 栄を極めた。毎年春になると『北野をどり』が上演されて少数ながらにして良い技芸を磨き披露している。舞踊の 流派は明治以前は篠塚流、その後は花柳流。茶道は西方尼寺で習っている。 上七軒は戦前まではお茶屋50軒、芸妓、舞妓あわせて60名で娼妓も3名いたが第二次世界大戦でお茶屋の大 半が転廃業し、1945年ごろに再開。そのころはお茶屋35軒、芸妓50名ぐらいいたが西陣織産業の衰退により減 少し、芸妓数も20名以下に落ち込んでいたが最近はやや持ち直しつつあるという。